明治5年頃、日本はウサギブームにわいていた。
当初は、かっこいいウサギを飼育するというおだやかなものだったが、海外から新種や珍種がぞくぞくと輸入されるにつれて、ウサギ飼育は次第に投機の対象となってしまった。
ウサギの市場や品評会などが各所で行われるようになり、「東花兎全盛」というウサギの番付までもが売り出された。
そのようなウサギブームに目をつけた悪徳業者は、毛を染料で染めたウサギを作り、珍種として高い値段で売りさばいていた。
またある人物は、自分の娘を売り、それによって得た資金でウサギに投資していた。
そのような狂乱ぶりに世間がわいていたため、政府はウサギに課税することを発表した(明治6年12月)。
これによりウサギブームは下火となったが、その後もウサギを隠し持っている人が数多くいたため、警視庁はウサギを隠し持っている人を発見するたびに罰金を徴収していた。